Shopify事業者のインタビュー特集。「書くこと」の価値を再発見させてくれる文房具ブランド、Kakimori(カキモリ)。その世界観や店舗づくりには、文房具業界の常識にとらわれない独自の視点が息づいています。インタビュー後編では、Kakimoriを運営する株式会社ほたかの代表取締役 広瀬琢磨さんに、実店舗とオンラインの役割、Shopifyを活用してつくる世界観やブランディングについてお話を伺いました。
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(株式会社ほたか 代表取締役 広瀬琢磨さん Photo by Miki Chujo)
Webとリアル、「つなぐ」ではなく「役割をわける」
ーー 東京の蔵前にある実店舗「Kakimori」とウェブサイトの連携について意識していることはなんでしょうか。
広瀬さん 今のKakimoriでは、あえてWebからリアル店舗へ強く誘導するような設計にはしていません。むしろ、お店が混雑しすぎてしまうことの方が課題になるので、お客様が静かに過ごせるように工夫しています。プロモーション通じて広げて一部のお客さんが直営店に戻ってくるときはオーダーメイドができる目的地という位置づけにして、ただ物を買うだけであればECでも十分買えるという形ですね。
今はECをどんどん伸ばしていきたいです。たとえば今、実店舗でやっているようなオーダーメイドサービスもEC上で提供できればと考えていますが、なかなかアプリの機能が追いついていないので、今後Shopifyの機能が進化して、もう少し柔軟にカスタマイズできるようになれば、ECでもKakimoriらしいオーダーメイド体験を提供していけるんじゃないかと。

少人数の体制でも拡張できるShopifyの柔軟性
ーー 現在、KakimoriのECサイトはShopifyで構築されていますね。
広瀬さん 立ち上げ当初から一貫してShopifyでいこうと決めていました。今のところ、他のプラットフォームに変える予定はまったくありません。乗り換えの話が社内で出たこともないですね。
Shopifyはサードパーティのアプリ開発に積極的で、拡張性が非常に高い点が大きいですね。当初は自社でテーマ開発もしていましたが、最近では既存のテーマをカスタマイズする方針に切り替えて、スクラッチ部分は最小限にしています。それでも十分満足できる品質になっていることが大きいです。
以前はLiquid(Shopify独自のテンプレート言語)を使えないとできない制約を感じていましたが、最近ではノーコードでもかなりのカスタマイズが可能になっていて、うちのような少人数体制でも十分運用できています。
ーー テーマのカスタマイズなどは、どのような体制で行っているのでしょうか?
広瀬さん 現在専属のエンジニアがいるわけではなく、基本的には社内のスタッフが担当しています。Shopifyが大幅にバージョンアップされたタイミングで、テーマも購入するようになったのでそれをベースにカスタマイズしてます。ちょっとした修正であれば社内で完結できるようになりましたし、それでも対応できない部分だけ外部エンジニアに単発で依頼するような体制です。

デフォルトに頼らない、Kakimoriの世界観を伝える工夫
ーー ブランディングやデザインの作り込みで、具体的に意識した部分を教えていただけますか?
広瀬さん Kakimoriらしさを演出するために手書きの部分をいれたり、英語と日本語で縦書きと横書きに切り替わったり、メニューの中にイラストを挿入したりしています。こういった部分はデフォルトではできないからスクラッチでつくっています。世界観を崩さず社内で更新しやすい構成にするために、最初のカスタマイズにはかなり力を入れました。
フォントも、当初のテーマでは種類やサイズが限られていたので世界観に合うものをいれたり、スペースの微調整やレスポンシブ対応のバランスを整えたりといった調整も行いました。
ーー 今後の運用も、基本的にはアプリなどでカスタマイズしていく予定ですか?
広瀬さん 今はデフォルトのテーマで問題なく運用できていますし、Shopifyはアップデートも頻繁にあるのでスクラッチで自社開発することはおそらくないです。
たとえばナイキのように、スクラッチでしっかり作り込まれたカスタマイズは成功していると思いますが、それはすごく大規模な開発が前提で、中規模ブランドが取り入れるにはあまり現実的ではないですね。
ーー 今後のサイトのカスタマイズの方向性について考えていらっしゃることはありますか?
広瀬さん 正直なところ、ShopifyのカスタマイズECのアプリについては、まだ「これだ!」とピンときているものはまだないんです。お店でできていることをそのままWebでやろうと考えると、たいていつまらない結果になってしまう。たとえば、Web上で色やパーツをカチカチ選んで、画像が変わるかもしれないけど、体験としてそんなに面白くない。
だからこそ、Webならではの文脈でしか提供できない体験設計が必要だなと、その可能性を探ってはいるものの、まだ手応えのあるものには出会えていないというのが本音ですね。
ーー 特に気に入っているアプリはありますか?
広瀬さん よく使っているアプリでは、翻訳アプリ「LangShop」があります。Kakimoriではサイト全体を英語でも展開しているのですが、自動翻訳ではなく、すべてプロの翻訳家に依頼し、その訳文をLangShopで反映しています。採用している英語はイギリス英語です。コピーライティングを依頼している翻訳家の方がオーストラリア在住で、もともとイギリス英語に近い感覚を持っていたということもありますし、Kakimoriの“情緒性”を表現するうえでは、アメリカ英語よりもイギリス英語のほうがトーンとして合うんですね。
Shopifyではアプリで色々カスタマイズできますが、アプリを増やしすぎると管理が煩雑になるという課題もあり、今は厳選して10〜15個程度に絞っています。
ーー 実店舗のレジシステムではShopify POSは使われていますか?
広瀬さん Shopify POSは使っていません。実店舗のPOSは現在Squareを導入しています。Shopify POSが、今のコアのレジ運営やオペレーションにはまだ合っていないんですね。だから現時点ではオフラインとオンラインの顧客データを一元管理できていないというのが最大の課題です。ここは今後、Shopify POSのアップデートを期待したいですね。
実店舗は「広告塔」。EC時代に求められるリアルの価値

ーー 今はShopifyもありECサイトを簡単に立ち上げられることで、本当にたくさんのブランドのECサイトが存在しています。ECで生き残っていくために、ブランドに求められることはなんでしょうか?
広瀬さん 初期費用をかけずにECを始めるという流れが今広がっていますが、個人的にはリアルストアもできるなら持った方がいいと考えています。たとえ小さくてもリアル店舗があることで、取材やコンテンツ制作の起点になったり、Instagramで紹介してもらえたりする。店舗は広告塔として本当に強いです。
広告費を使ってもあっという間に消えてしまうことを考えれば、体験を提供できる小さな店舗に投資する方が、費用対効果は高いのではないかと思いますね。
今は「Woset(ウォゼット)」というEC中心の子供向けブランドの立ち上げに携わっているのですが、結構苦戦しています。サイトを整えて商品も良くて、写真もきれいで英語対応もしていて、それでもなかなか売上に直結しない。やっぱり同じくらい大事なのが、ブランドの認知を拡大させていくこと。個人的にはやっぱりお店が持てるんであれば、ワンオペでもいいので、あった方がいいなと思っています。
Shopifyというプラットフォームを柔軟に使いこなしつつも、どのような設計にすれば「Kakimoriらしさ」が伝わるか。技術的な工夫だけでなく、感情や空気感まで意識されたサイトづくりが印象的でした。
ECの成長が前提となる今の時代だからこそ、「リアル店舗を持つ意義」や「オンラインとオフラインをどう役割分担するか」という問いに、ひとつの答えを提示してくれたように思います。
変化を恐れず、自分たちの世界観を守りながら、新しい展開にチャレンジしていくKakimori。ECに限らず、ブランド運営に関わるすべての人にとって、多くのヒントが詰まったお話、ありがとうございました。